83年、アトランティック・シティーで行われたコンサートの終了後、ドナは会場に残っていた500人ぐらいのファンと交流をしていました。その中にエイズに罹った男性ファンがいて、ドナに自分のために祈ってほしいとお願いし、ドナはそれに快く応じたそうです。その行為を見ていた他のファンが「そんな事は偽善に過ぎない」と発言、ドナがそれはどういう意味かと尋ね、そこからそのファンと2,3言葉を交わしました。熱心なクリスチャンとなっていたドナは「神様はこの世界を愛しているから独り子(イエス・キリスト)を遣わした」と言ったそうですが、この発言にそのファンが怒り出し、そこからさらに感情的な言葉の応酬になっていったそうです。その中でドナが「エイズがゲイ・コミュニティに広まったのは無謀な生活をしているからだ」と言った事で、その場にいた他のゲイのファンたちも怒りだしてしまった…。
これが、いわゆるドナの「エイズはゲイに対する天罰」発言の顛末のようです。
この件に関しては、「死後もデマを流布され続ける歌姫ドナ・サマー」というサイトに詳しくまとめられてますので、是非ご一読下さい→http://matome.naver.jp/odai/2133731638499210701?&page=1
本当の真実というのは映像や音声が残っているわけではないので検証のしようがないのですが、どうも感情的になって出た発言が切り取られ象徴的な言葉として流布されたというのが真相のようです。全く違うと言えば違いますけど、トシちゃんの「俺ぐらいビッグになれば…」と冗談めかして言った言葉が切り取られて伝えられたのと似ているように思います。ドナの場合、ボーン・アゲイン・クリスチャンとなっていた下地があり、ゲイ・コミュニティからの乖離が囁かれている中での騒動でしたから、余計にそういう発言をしてもおかしくないと思われ、彼女の弁明には一切耳が傾けられなかった模様ですね。人気に陰りが見え始めたアーティストには往々にして逆風ばかりが吹いたりしますが、まさにその典型的な例かもしれません。未だにこの発言に対する誤解が一部で解けていないというのがまた怖いところですし…。
ゲイ・コミュニティという大きな後ろ盾を失ったドナ。丁度時代も変革期を迎えており、エンターテイメント界の勢力地図も大きく変わろうとしている頃の出来事でした。
そんな「事件」が起こった翌84年に発売されたのが今回ご紹介のアルバム『キャッツ・ウィズアウト・クロウズ』。ドナにとって12枚目のオリジナル。アルバムになります。
前作の成功を受けてプロデュースはマイケル・オマーティアンが続投。丁度ロサンゼスル・オリンピックが開催された年でもあり、日本盤LPの帯には「ドナはいつだって愛の金メダリスト!」のキャッチがついてるのが微笑ましいというか何と言うか(smile)。
アルバムからの第一弾シングルに選ばれたのは80年代前半のオールディーズ・ブームを反映したのかドリフターズのカバー曲である「ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー」。
ドナにはリチャード・ハリスの「マッカーサー・パーク」やバリー・マニロウの「恋はマジック」等カバー・ヒットを放った実績があり、バラード・ナンバーを華麗なディスコ・ビートに改変するのはお手の物でしたが、こちらも現代的なポップ・ロック風アレンジを施して、ドナらしさ溢れるゴージャスなバージョンに仕上げて聞かせてくれます。PVも良い出来ですよね。
オープニングを飾るのはセカンド・シングルとなったデジタルと生音の融合感が素晴らしいハイパー・ポップス「スーパーナチュラル・ラブ」。続いてブギウギ調のノリの良いメロディが楽しい「イッツ・ノット・ザ・ウェイ」、「ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー」を挟んでファニーなメロディをレゲエ調の節回しを交えて歌うドナがこれまたファニーな「スザンナ」、不穏で近未来的なサウンド、預言者めいたドナの語りからポップに転調していく構成が面白い「キャッツ・ウイズアウト・クロウズ」でA面終了。
B面はメロディアスなデジタル・アーバン・ポップで離れていく恋人への思いを切なく歌い上げる「オー・ビリー・プリーズ」、うっすらとアラビアンなメロディも絡めるデジタル・グルーブ・ナンバー「アイズ」、泣きのサックスをフューチャーしたバラードでドナの情感溢れる熱唱が胸に迫る「メイビー・イッツ・オーバー」、マイアミ・サウンド・マシーンを彷彿とさせるライトなラテン・ポップ「アイム・フリー」、そして2年連続でのグラミー、ベスト・インスピレーショナル・パフォーマンス賞を受賞する事になるイエスへの祈りと自己の救済をテーマにしたバラード「許して」で美麗に幕となります。
私、前述のようにこのアルバムは『恋の魔法使い』や『情熱物語』等とほぼ同時期に手に入れて聴いていたのですが、当時はその3作に中にあって一番印象の薄いアルバムでございました。サウンドもポップ・ロックとしては平均的でしたし、楽曲も飛びぬけてキャッチーな作品があるわけではなかったので、数回聞いてもういいかなぁという感じだったんですよね。
そんな訳で今回久しぶりにじっくりとこのアルバムに耳を傾けてみたのですが、意外に個々の楽曲に個性があって、全体的に高止まりというかトータルでの完成度はかなり高かったんだなぁと認識を新たにいたしました。聞けば聞くほどに味が出てくる典型的なするめタイプのアルバムだったのですね。味が出る前に食べ止めちゃってたんだなぁ、私(反省)。
そんな『キャッツ・ウィズアウト・クロウズ』でございますが、ファースト・シングルの「ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー」はポップ21位、R&B20位という成績に終わり、アルバムもポップ40位、R&B24位と米国デビュー以降の最低記録を更新。…売れなかったのですね。ドナ自身前作よりもシンプルなサウンドを目指したと発言していますが、若干手堅過ぎ、でしたでしょうか。また前作のように鋭く社会問題に切り込む等の強いメッセージ性も後退してしまい、アルバムの核となる部分がぼやけたように感じられたのかも知れません。
また先に時代の変革期と書きましたけど、84年はマイケル・ジャクソンの『スリラー』が猛威を揮い、マドンナやシンディ・ローパーが頭角を現し、プリンスが「ビートに抱かれて」を特大ヒットさせる等、次世代のスターたちが大活躍をしていた年。ドナもこの『キャッツ・ウィズアウト・クロウズ』でヒットを逃しましたけど、同じく70年代から活躍してきたポップ・クイーンであるダイアナ・ロスやオリビア・ニュートン・ジョンも、翌85年リリースの『イートゥン・アライブ』と『麗しの瞳』で大コケしてしまいますから、新たな時代の波にはやはり勝てなかったのかなとも思います。
様々なトラブルに巻き込まれ、とうとうヒットのミューズからも見放されてしまったドナ。次のアルバムがリリースされるまでに3年のインターバルが必要となってしまいました。
Cats Without Claws
A-1 Supernatural Love
A-2 It's Not The Way
A-3 There Goes My Baby
A-4 Suzanna
A-5 Cats Without Claws
B-1 Oh Billy please
B-2 Eyes
B-3 Maybe its over
B-4 I'm Free
B-5 Forgive Me
チャートデータ
アルバム
Pop 40位/R&B 24位
シングル
「There Goes My Baby」:Pop 21位/R&B 20位
「Supernatural Love」:Pop 75位/R&B 51位
マイケル・オマーティアンの代表作を2つ。

