2012年03月11日

ピンク・マルティーニ&由紀さおり『1969』(11年)

Pink Martini & Saori Yuki:1969(11年)

あの震災から一年が経ちましたね。

43年生きて来ましたけど、世界が一変するという経験をしたのはあの時が初めてかもしれません。
2万人に近い人の命を奪った未曾有の大災害。地震に始まり、津波、原発事故。スーパーからは物が無くなり、電気がいつ来なくなるかと心配するなんて、正直考えた事もありませんでした。
我々が日々築いているものなんて、ある時一瞬で崩れ去ってしまう。それでも、だからこそ日々悔いのないように一生懸命生きる事の大切さも改めて教えられた気がします。
あの日亡くなられた全ての方に、心からの祈りを捧げます。
どうか、どうか安らかに。生かされた僕たちは精いっぱい頑張って生きていきますので。


震災からの数日間、自宅の駅の3駅手前で電車が折り返し運転することになってしまったため、毎朝1時間歩いて駅まで通っていたのですけど、その時よく聴いていたのが由紀さおりさんが09年にリリースした『いきる』というアルバムでした。以前から大好きだった由紀さんですが、丁度この時期にこの象徴的なタイトルのアルバムに出会っていたというのも、何となく偶然以上のものを勝手に感じてしまっております。
そしてその8月、由紀さんが震災のチャリティー・コンサートを東京国際フォーラムで開く事が決定し、何とも幸運な事にチケットを入手した友人からお誘いいただいて、そのコンサートを見る事が出来ました。
チャリティー・コンサートということで曲数なども少ないのかな?等という危惧をよそに、ボリューム満点のセット・リスト。自身の歌謡ヒット・メドレーからスタンダード、ジャズ、童謡まで本当に圧巻のステージを楽しませていただきました。その中で、今度ピンク・マルティーニという楽団と共演して、世界で発売されることが決まりましたといって披露されたのが黛じゅんさんのカバーである「夕月」。また凄い歌を世界に向けて発売するんだなぁとその時は思いましたけど…もう皆様ご存じのように、これがとんでもない事になってしまったんですね。

同曲を含んだアルバム『1969』が10月に発売されるや世界中のItuneチャートで大ヒット。米国のItuneチャートで1位!と言っても正直最初はピンと来なかったのですけど、あのビルボードのジャズ・チャートのアルバム部門で5位を獲得した時は、こりゃぁ本物だ〜と小躍りしちゃいましたよ。まさかあの由紀さんがよもや世界的なヒットを飛ばすことになるなんて、一体どれだけの人が予想出来たでしょうか。

日本の歌謡曲が世界に認められた!といった紹介もよく見受けられますけど、正直なところ日本ではそれほど知名度が高くなかったものの、あちらではラウンジ的なポップ・オーケストラとして人気の高い楽団ピンク・マルティーニと組んだというところがまずは成功の要因であったと思います。そして選んだマテリアルが1969年当時に流行った歌謡曲が主体。もともと歌謡曲って洋的なものと和的なものが巧みに融合したハイセンスな音楽だった訳で、しかもその歌謡曲が最も才気走っていた黄金時代の名曲たちが選ばれているのですから悪いはずがないですよ。そしてそれを歌っているのが日本を代表する名シンガー由紀さおりさんな訳ですから、もう成功は約束されていたようなものです!

…なんて、嘘。
結果的には確かにそう言う事なんですけど、実際にこうして我らが由紀さんと我らが歌謡曲(しかも大半が日本語で歌われたもの)が、堂々と世界の市場で通用するなんて、先に「スキヤキ」なんて成功例はあるものの、やはり私には予想出来ませんでした。だからね、やっぱりピンク・マルティーニの人気って凄いんだなぁなんて思ったりするわけです(smile)。
ただし、そうだとしても、その楽団の人気を落とさないだけのクオリティをきちんと由紀さん側(日本側)が提示出来ているというのは、やっぱり凄いことなんですよね。ニューヨークでの公演の模様がテレビで放映されましたけど、あそこで見る事が出来た「パフ」のパフォーマンス。曲が始まった時の拍手は、あれはきっと懐かしい曲を演奏してくれる事への拍手だったと思いますが、曲の後半や、曲の終わりに自然と湧き上がったあの拍手は、あきらかに由紀さんの歌声に対して贈られたものだと思います。曲の情感が、言葉を超えてしっかりと伝わった証しに違いありません。

楽団のバンドマスターであるトーマス・ローダーデールさんが地元のレコード屋で偶然見つけた由紀さんのデビュー・アルバムをジャケ買い(smile)し、そこに収められていた「タ・ヤ・タン」をバンドで演奏した事がきっかけで始まった今回のコラボレーション。見過ごしてしまえばそれだけの事を、ここまでしっかりと結果に結実させた由紀さんとそのスタッフは、本当に凄いですよね。アメリカの楽団に歌謡曲を日本語で歌った作品を録音させてしまうなんて、伊達や酔狂で出来るはずありませんもの。そしてこの企画に乗ったトーマスさんの度量というのも、やっぱり凄い。由紀さんの才能に惚れこむと同時に、あの天使のようでいて妖艶な歌声が、世界の市場でも充分通用することを見抜いた訳ですから。…あぁ、ってことは、やっぱりトーマスさまさまな訳ですね。本当に有難う、トーマス!!

そんな訳で、素晴らしき才能が結集して作られた本当に素晴らしいアルバム。

一気に「和」の世界に誘うオープニングの「夕月」に始まり、本当に洒落ている「真夜中のボサ・ノバ」、どこまでも美しい「さらば夏の日」、情感の込め方が素晴らしくて泣ける「パフ」、まさに歌謡曲といった風情の湿度を湛えた「いいじゃないの幸せならば」や「私もあなたと泣いていい?」、オリジナルを尊重して幻想的に奏でられる「夜明けのスキャット」、ラテンに衣替えした「ブルー・ライト・ヨコハマ」に、あえて日本語で歌われるラテンの名曲「マシュ・ケ・ナダ」、女優魂炸裂のファニーで愛らしい「イズ・ザット・オール・ゼア・イズ?」、静かなたたずまいが味わい深く語りも効果的な「わすれたいのに…」、そして唯一の新曲である穏やかに降り注ぐ日差しのような「季節の足音」。
(※私が購入したのは輸入盤なので「夕月」で始まりますが、日本盤は「ブルー・ライト・ヨコハマ」がオープニングを飾っています。マーケティング的に、これは正解だったと思いますね。)

もう、本当に言う事ありません。素晴らしすぎ。
発売以来4カ月が経過しますけど、いまだに中2日ぐらいで通勤時に聞いちゃったりしてますからね。いくら聞いても飽きがこないというか、また聴きたくなっちゃう。歌声、演奏、楽曲、どれをとっても最高なんですもん。いい意味でのイージーリスニングになるところが、この作品の強みだと思います。重すぎず、軽すぎず。何もかも本当に丁度良い頃合い(バランス)。なかなかないんですよね、こういう作品って。

ちなみに、今回選ばれた激動の年1969年は、私が生まれた年でもあるんです。由紀さんが歌謡曲歌手としてデビューされたのが69年なのでそんな事もあってのチョイスだと思いますが、やっぱり何か、縁を感じちゃわない訳にはいきません(smile)。自分が生まれた時はこんな曲が流行ってたのかと別の感慨もあったり、何だか本当、個人的に贈り物をもらったような、気分です。

有難う由紀さん。
一生大切に、聴き続けますので。
そして全ての方に、この素晴らしき歌声を捧げさせていただきます。
こんな凄いこと、我らが由紀さんがやってくれたんですよ!

アルバム
オリコン:4位
ビルボード・ジャズ・チャート:5位



本当に素晴らしい表現力。そして「真夜中のボザ・ノバ」、なんて洒落た曲なんだろう!



トーマスさんが見つけたのはこのファースト・アルバム。
『いきる』も、歌謡曲をワールドワイドな視点から捉えた素晴らしいアルバムです。

どちらも以前記事を書いておりますので、よろしければご覧ください。
『夜明けのスキャット』→http://suzuenta-etc.seesaa.net/article/117328521.html
『いきる』→http://suzuenta-etc.seesaa.net/article/191369725.html
posted by Suzu at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌謡曲/J-POP系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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